都市迷宮、堆積、蘭の香り/リッツカールトン大阪2022.01
南太平洋の島国で起きた火山噴火の影響か、低気圧による頭痛で午前4時に叩き起されたその日は、私がずっと待ち望んだ日でもありました。
痛み止めを服薬し、落ち着いたのが午前6時。そこからしっかり眠り、家事を済ませ、住まうこの街を走る女子駅伝の選手たちを見送ってから私は家を出ました。目的地はリッツカールトン大阪。2021年の年始に諸事情により泣く泣く宿泊を諦め、指折り数えて辿り着いたそのホテルです。
館内への入口は数多くあります。車寄せのある正面玄関が最も有名でしょうが、ここは大阪市北区梅田。インターネット上でダンジョンと称されるような、広大な地下街と高層ビル群で構成された立体感のある迷宮都市です。そんな街ですから、リッツカールトンもまた、地下からのアクセスが可能です。
西梅田の端、駅の構内からファッションビルを抜けたコンコースの先に地下玄関があります。
エレベーターに乗りこみロビー階へ。華やかなジョージアン様式のフロア全体に、薄らと香る蘭の匂い。
あえて見通しが悪くなるよう造られているのか、歩いていく行き先が分かりません。入り組んだ構造で迷うと言われていますが、本当に迷いそう。
初めて宿泊するホテルはいつだってドキドキします。緊張は期待と興奮の裏返し。感覚を頼りにレセプションへ。
チェックインを済ませたあと、ベルスタッフからいただいた提案に乗っかり、お部屋に向かわず荷物を先にお願いして、買いたいものがあったので1階のショップへ向かいました。
何を買ったかは後々……。
シャンデリアに絵画、茶褐色の大理石。至る所へ豪奢さを記号的に散りばめたこのホテルは、まるでファンタジーの世界。ここが日本の都市の一角にあることを忘れさせるほどの空間の密度を持っています。
時間も認識も歩む行き先も惑い、空間にのみ陶酔する感覚。都市迷宮に独立して発生したダンジョンのよう。
今回のお部屋は36階のスカイビュージュニアスイート。65平米。広々としています。
写真を見る限りや想像の中ではもっとコッテリとしたインテリアコードでしたが、実物は存外落ち着いています。ここでもほんのり香る蘭の匂い。
華奢で小綺麗、そんな言葉がしっくりくるそんな空間です。
滞在中はこの青いソファと、ライティングデスクの椅子と、半々くらいで座っていました。
お部屋からは梅田北側のスカイライン。グランフロントやスカイビル、その横にはWESTIN大阪が見えます。
うめきた2期建設予定地をはじめとして、所々に建設中の建物が見えます。破壊、創造、再構築。都市は生き物だと感じる瞬間。
この日の夕食は5階にある中華料理・香桃へ。
お筝の生演奏が聴けます。
スターティングメンバーはこちら。
全体的に醤油ベースの料理が多かったです。
塩分強め、お酒によく合うと思います(私はお茶を飲みましたが)。
こちらは沖縄産のスジアラという高級魚の蒸しもの。味と食感は鯛に似ていて、脂が乗っているのにすっきりとした味わい。餡掛けは少し辛め。
メイン料理のエビのココナッツカレー煮。辛さ控えめだけれど香るスパイス。エビは肉厚でおいしい。
〆の麺類、ニラとチャーシューの煮込み麺。焼きビーフンのような食感。夢中になる味わい。
プーアール茶。キャンドルで加熱しています。
香桃がある5階は館内のレストランの多くが集結しています。
入り組んだ構造は館内案内図の通りです。
伝わりますか?一本道なんです。
さながらダンジョンの中に築かれたレストラン街、と言ったところでしょうか。
...しかし、どこを切り取っても絵になりますね。
食後は腹ごなしにお外へ散歩に。
夜の都市迷宮を歩きます。
ずっと昔、まだ学生だった頃になにかの用事でこの辺りに来たことを思い出しました。ハービスの近隣に屋外喫煙所があって、そこでマルボロを吸った記憶があります。
一時期、通勤や外出でほぼ毎日梅田に向かっていました。夜の梅田は何年ぶりでしょうか。
当時は、良い時間......よりも悪い時間のほうが多かったですね。ただ、その時の苦しみの積み重ねの結果として今があります。
強い風もなく厳しい寒気もない。夜は青く玲瓏に冷めています。
「あの日から頑張ってきて今日に辿り着いた。ここまで来れるとは思っていなかった。これからももっと努力を重ねて、今と違う景色を見たい」......そういうことを考えていました。
想像していた未来とは違う未来に流れ着いてしまいましたが、その代わりに自分のポテンシャルに気づけたこともあります。
いま手にしているものと、過去欲していたもの、その両方を手にすることも出来るかもしれません。コストをかけることを惜しんだり、時間を無駄にしてはいけません。
人は時間を積み重ねることで強くなると私は思っています。それは街もそうでしょうし、ホテルもまた然りでしょう。今日初めてここを訪れた私以上に、それはこのホテルと人生の中で長い繋がりを持った人々はより感じているはずです。
少し話が逸れたかもしれません。
部屋に戻るとターンダウンが済ませてありました。
枕元にはチョコレート。残念ながら私は頭が痛くなるので口に出来ません......。
このホテルの客室のもうひとつの魅力は、ウエットエリアにあるように思います。
白く華奢。
バスタブの反対側にはシャワーブースがあります。
特筆すべき部分があるわけではないのですが、ここでお風呂に浸かりながらウエットエリア全体を眺めると大変幸せな気分になりました。品のある設えがそうさせているのでしょう。
3種類のバスソルトが備え付けられています。
ホテルに泊まる時、私はほとんどの場合、宿泊当日の夜と朝に1回ずつ入浴するようにしているのですが、今回もそのようにしました。
どれとどれを使ったかは内緒です。片方は気に入りましたが、次回訪れる際には泡が出るものを持ち込もうかなという思いです。
入浴を済ませ、髪をタオルで巻き、バスローブを羽織ります。
冷蔵庫で冷やしていたグラスと水を取り出し、勢いよく注ぐと、アイスボックスから取り出したばかりの氷はパキパキと音を立てます。
火照った身体を通り抜ける流水をそのまま飲み干すと、冴えてきた眼前には西の不夜城梅田が広がります。見上げてばかりであったビル群は、いまや手が届くところまでに。
小腹がすいてきたところで、冷蔵庫からこんなものを取り出してみました。幸せの黒い箱。
実はチェックイン直後、1階にあるグルメショップでケーキを買っていたのです。
クリームデニッシュとイチゴのショートケーキ。
このクリームデニッシュですが、抜群においしいんです。
中は甘すぎず重くないクリームがたっぷり。外の生地はふんわりデニッシュ。
見た目も味も、シュークリームとマリトッツォのいいところ取りとでもいいましょうか。
値段もお手ごろなので、宿泊せずとも近くに寄った際は是非買ってみてください。本当にオススメです。
ぐっすり寝た翌朝、少し早く目が覚めました。
いつもカーテンを少し開けて眠るのですが、
ベッドの上からは射し込んだ朝の光でライティングデスクが青く鈍く見えました。
その後、いつも通り朝風呂を行い、少し遅めの時間に朝食へ。
1階にあるイタリアンレストランのスプレンティードを会場として開放しています。
オーダーメニューはエッグベネディクトにしました。次の滞在ではトリュフオムレツを試してみたいと思います。
新鮮な野菜とフルーツ、良質なタンパク質。
朝食を食べる習慣がほぼないので、炭水化物はなし。釜で炊いたと思われるご飯や数種類のパンがありました。
写真には撮っていませんが、スプレンティードの内装はかなり好みです。いつか朝食だけではなく普通の食事でも訪れてみたいと思いました。
その後は部屋でゆっくりと過ごし、13時にチェックアウトしました。
総じて満足度の高い滞在となりました。
1年越し......正確には行きたいと思って数年後の宿泊であり、個人的な思いも重なっているからかもしれませんが、正直、これまでの人生で一番楽しかった滞在のようにも感じています。
現実から離れて忘我していたとでも言えばいいのでしょうか。あの絢爛豪華な、しかし窮屈になりすぎない空間に完全に魅了されていました。それは過剰に畏まり過ぎない、しかし丁寧でかつ気配りを忘れないスタッフが作る空気感にもよるものでしょう。滞在中、館内で声をかけられる度に、適度にこちらを見てくれてるという感覚を覚えていました。
梅田という迷宮都市、ひいては大阪を代表するこのホテルは、今年で開業から25年になります。その地位や評価が今日までずっと続いているのは、それ相応の理由があるからだということを身をもって理解しました。
たしかに建物の造り自体に古さを感じる面もあります。しかし、それすらもある種の威厳や魅力に転じているように思いましたし、それはこれからも続いていくでしょう。
良いホテルは宿泊後にある種の余韻が残る、と評した文章を読んだことがあります。果たして私の鼻腔の奥には、未だありありと、蘭の香りを思い起こすことが出来るのでした。